基礎化学論文を読むブログ

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9.効率100%で電気を光に変換する有機EL材料(Nat. Commun. 6号 2015年)

www.nature.com

 

九州大学シリーズですね(笑)

 

一言で言うと

ほぼゼロに近い三重項状態と一重項状態のエネルギーギャップを実現し,100%の蛍光収率のOLEDを開発した.

 

Abstract

これまで白金やイリジウム錯体などのレアメタルを含むエミッタを用いた高効率な有機発光ダイオードが開発されてきたが,より豊富な材料からなるエミッタの開発が急務となっている.ここでは,約100%の蛍光量子収率と,約100%の三重項励起状態から一重項励起状態へのアップコンバージョンを両立させた有機発光ダイオード用熱活性化遅延蛍光材料を紹介する.この材料は,電子供与性のジフェニルアミノカルバゾールと電子受容性のトリフェニルトリアジン部分を含んでいる.効果的な発光と三重項から一重項へのアップコンバージョンの間の典型的なトレードオフは,HOMOとLUMOの分布を微調整することによって克服された.室温での熱エネルギーよりも小さい,ほぼゼロに近い一重項-三重項エネルギーギャップにより,外部量子効率29.6%の有機発光ダイオードを実現した.アウトカップリングシートを用いた場合,外部量子効率41.5%が得られた.3,000cd m-2の高輝度でも外部量子効率は30.7%であった.

 

 

詳しい内容

二層の蛍光OLEDで量子効率1%が達成されたことから始まり,その効率と応用を探って長年研究が行われてきました.

ここで用語の確認をします.

量子収率と量子効率は厳密には異なるものとして用いられているようです.光反応などを議論する際には「量子効率」は使わないんじゃないかなあと思っております.

〇量子収率(Quantum Yield)

主に光反応で用いられる,IUPACにより明確に定義された値.

(量子収率)=(反応する分子の数)/(吸収された光子の数)

 

〇量子効率(Quantum Efficiency)

基本的には電子注入による発光デバイスに用いられていることが多い.

・内部量子効率(IQE, Internal Quantum Efficiency):注入されて再結合した電子の数に対して生み出された光子の割合

・外部量子効率(EQE, External EL Quantum Efficiency):内部量子効率が高くても,すべての光子が外部に取り出されるわけではない.デバイスにして実際に観測できる光子数を注入されて再結合した電子の数に対して評価している.

 

〇光取り出し効率(light out-coupling factor)

有機ELチップ内で生じた光子の数に対し,外部に出てくる光子の数の割合.

 

※参考

量子収率・量子効率について

内部量子効率・外部量子効率について

 

結局,外部量子効率(EQE)を上げるために色々な努力がなされているわけです.

それでは,その外部量子効率を決める要素を見ていきましょう.

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外部量子効率を決める要素

βは量子化学的に電子状態が一重項状態と三重項状態に分かれてしまうために,一重項状態のみを用いる場合には最大25%となってしまいますが,重原子などを用いて項間交差(ISC)を起こして一重項状態から三重項状態へすべての電子を移して発光させる,燐光OLEDを用いれば,理論的には外部量子効率100%を達成することができます.最近では燐光OLEDで外部量子効率20%を超える報告も頻繁に上がってきています.しかし,燐光OLEDは,白金やイリジウム錯体を必要とすることから入手の容易さやコスト面から問題となっています.

そこで前に紹介したTADFが,日本の安達先生により発明されて研究が行われています.しかし,TADFの原理的な部分での問題として,HOMO-LUMOの分離によって一重項状態と三重項状態のエネルギーギャップΔEstを小さくするので,S0とS1の間の振動子強度fが小さくなり,蛍光量子収率(PLQY)が小さくなってしまうというトレードオフがありました.

しかし,今回報告するDACT-Ⅱという物質では,ほとんどゼロのΔEstを持ちつつ,大きいfを持ち,結果として蛍光量子収率100%を実現しました.また,DACT-Ⅱでは,急速に一重項励起子と三重項状態励起子が発光で除去されるので,三重項-三重項消滅や一重項-三重項消滅が起こらず,典型的な輝度の増加に伴うEQEの大幅な低下(roll-offと呼ぶそうです)が抑えられることも重要です.

 

酸素の有無による過渡吸収スペクトルの変化から,発光が生じる電子状態を調べています.三重項状態は,酸素があるとクエンチされてしまうので,三重項を通る過程からの発光は弱く(無くなる)なります.DACT-Ⅱは蛍光と三重項を経由する遅延蛍光があることが分かりました.また,遅延蛍光には温度依存性があり,10 Kではほとんど観測できませんが,だんだんと温度を上げると強度が増大しました.これにより,遅延蛍光は熱活性化遅延蛍光(TADF)であると結論付けています.

 

DACT-ⅡのΔEstは9.0 meVという非常に小さいものでした.これをもとにボルツマン分布を考えてみると,今までの最高効率を示した物質の0.041に対して0.71という非常に高い値でした.これが非常に効率的なT1→S1へのアップコンバージョンの原因です.これゆえに,超低温でも高い効率の発光が行えます.